山本正司調教師 ドラマチックな競馬人生にピリオド
2月25日。競馬界では引退する騎手、調教師のラストデーとなった1日であるが、今年も私達には忘れられない記録を作ったホースマンが引退した。
山本正司
騎手時代では、キーストンで日本ダービーを制覇。そのキーストンとは、あるドラマチックなエピソードが、オールドファンたちの間で語り継がれている。
種牡馬入りをひかえた引退レースとなった阪神大賞典。1番人気で望んだキーストンは、誰からも勝利で有終の美を飾ると信じて疑われなかった。しかし、最後の直線でキーストンは転倒し、鞍上の山本は投げ出され、地面に叩きつけられてしまった。山本は脳震盪で意識を失った。キーストンは左前足が皮で繋がっただけの状態で立ち上がり、3本の脚で山本の側に懸命に向かう。キーストンは山本に鼻面を押し付け、あたかも安否を気遣うそぶりを見せ、それを見守った観衆は涙を流した。
その後、キーストンは「左前第一指関節脱臼」で予後不良となり、安楽死の処分が下された。意識が回復した山本は、キーストンの処分を聞かされ、号泣したという。今でも、キーストンの話が出ると、山本は涙が止まらないと関係者は語る。
そんな山本は調教師となり、1人の弟子を育て上げた。松永幹夫である。天覧競馬となった、天皇賞・秋では管理するヘブンリーロマンスで優勝。松永の馬上礼は人々に感動を与えることになった。松永は師匠に先立ち、昨年のラストデーをちょうど1400勝で終えた。人々への記憶に残る最後を演出した騎手であった。今年は調教師となり、師匠の山本厩舎を引き継ぐことになっている。
そして、今年のラストデーは山本厩舎は2勝をあげ、通算555勝で有終の美を飾った。弟子が弟子なら、師匠も師匠。去り際にも、人々への記憶に残る最後を演出した。
ドラマチックなこの師弟は、競馬界の記録と、人々の記憶に永遠に残るに違いない。
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